西尾市民病院公式サイト【スタッフ紹介】

愛知県西尾市熊味町上泡原6番地
TEL:0563-56-3171(代表)

スタッフ紹介

小濱 有真(Yuma Kohama)

【4階西病棟】

小濱 有真 小濱 有真

【看護師になろうと思ったきっかけは】

私の家族や親戚には医療関係者が多く、幼いころから医療現場で働いている姿を見てきました。叔母は看護師をしており、看護師として働くことに憧れを感じていました。小学校の頃には人の役に立ちたいという思いをもっていました。面倒見もよかったそうで、周囲の人たちからは、看護師に向いていると言われていました。中学3年生の時に、交通事故に遭い、入院しました。進路を決める時期だったので、入院したことで不安と焦りを感じました。どうしていいのかわからずに、思わず泣いてしまったこともありました。その時担当してくれていた看護師さんは私の不安な気持ちを受け止めて、やさしく励ましてくれました。また、間近で看護師さんの働く姿を見ることができて看護師になりたいという思いが強くなりました。その時の担当していただいていた看護師さんに、自分が看護師になりたいことを伝えたところ、「一緒に働けるのを待っているからね」と言われました。この言葉がとってもうれしくて、がんばって看護師になろうと心を決めました。

看護学生の時は、大変だったけれど自分の興味を持った分野の勉強だったので、毎日が充実していました。看護学校の同級生は目指すところが皆同じなので励まし合ってがんばることができました。実習も伸び伸びでき、あっという間に3年間が過ぎたように思います。国家試験の勉強の時は辛いと思う時もありましたが、看護師になるという目標に近づいていると思い、ただ受かればよいのではなく、いい点数で受かりたいと思ってがんばって勉強しました。

【実際に看護師になってみた感想は】

看護師として勤務して2年目になりました。1年目の時は、正直なところ辛いことの方が多かったです。くじけそうになった時もありました。母や家族にはよく話を聞いてもらいました。病棟の先輩たちは優しく声をかけてくれて温かく見守っていただきました。仲間としてみてくれていました。何とか休まずに出勤することができ、1年目を乗り切ることができて良かったと思っています。毎日同じ患者さんを担当するわけではないけれど、同じ患者さんでも状態は日々変わっていきます。その患者さんにとって必要な看護は何であるかを考え行動することに難しさを感じています。でも些細なことであっても患者さんや家族から感謝の言葉を言っていただいた時には看護師としてのやりがいと、看護師になってよかったと感じています。患者さんから頂いた感謝の手紙は私の宝物です。自信をなくしそうになった時には、読んで元気を出すようにしています。

【看護師として大切にしていること ~マイポリシー~ 】

一つ目には、患者さんに安心して入院生活を送っていただけるように、常に笑顔で接するように心がけています。患者さんや、同僚からは「いつもニコニコしているね」や「活き活きしているね」と言われることがあります。心がけていることが、相手にも伝わっていると感じています。

二つ目にはプライベートなことと仕事は区別するように心がけています。個人的な感情は仕事に持ち込まないようにしています。

今、まだ2年目ですが、これからローテーション研修を終えた後輩が入ってきます。1年目が終了する時に初心者マークを外す時に責任が重くなることを感じました。私が先輩の方たちから教えていただいたように私にできるところは少しでも新人の人に教えてあげたいと思います。

【今まで看護師として働いてきて、心に残っている患者さんは】

膝の手術で入院された患者さんのことが心に残っています。手術は無事に終了しましたが、その後、頭痛の症状が続き、不安を訴えてみえました。腰椎麻酔でしたので、その影響だと思われました。新人で知識も技術も未熟な私でしたが、できることは話を聞くことだと思い、患者さんの不安な気持ちを傾聴するように心がけました。その患者さんは無事に退院されましたが、後日、退院時のアンケートに、私に対して感謝とお褒めの言葉を書いていただけました。新人で仕事に対して自信が持てない私にはとてもうれしかったです。

これからも一生懸命に看護を行う姿勢をもってがんばっていきたいです。


徳留 卓哉(Takuya Tokudome)

【4階東病棟】

徳留 卓哉 徳留 卓哉

【看護師になろうと思ったきっかけは】

僕の母は産婦人科で看護師をしています。自分が中学生で、やりたいことが決まっていない時に、母から看護師としての苦労話や命が生まれる瞬間に立ち会えることの素晴らしさを聞きました。僕は感動し、自分の母親のことながらすごいと思いました。高校2年生の時に、進路を決めるにあたり、看護体験に参加しました。大きな病院で、いろいろな所を見学しました。その時は、1日だけだったし、看護師の仕事がしっかりわかったわけではなかったです。その頃、母より自分が看護師に向いていると思うと言われました。自分も、仕事をする上で、人と接する仕事で人の役に立てる仕事をしたいという思いがありましたので、母の言葉に背中を押され、看護師になろうと決めました。看護学生の時は、勉強と実習と大変でしたが看護師になるという思いでがんばりました。

【実際に看護師になってみた感想は】

就職して、外科病棟に配属になりました。看護業務、看護技術、病態生理と覚えることが多くて、患者さんのことより自分のことで手いっぱいでした。がむしゃらに仕事をしていた感じでした。先輩看護師がてきぱきと患者さんの看護をしているところをみて、自分もあんな先輩みたいになれるのか不安を感じました。患者さんと関わる時も緊張して顔がこわばっていたと思います。たくさんの先輩看護師や指導者さんに相談しながら、自分の長所は何かと考えながら、日々仕事に打ち込んでいった感じでした。自分の長所は、患者さんに笑顔で接することだと思います。こちらが笑顔でいると、患者さんの表情も笑顔になったり穏やかになったりします。現在は4年目になりましたが、気持ちに余裕がもてるようになり、自分の長所である笑顔で看護を行うことができています。患者さんに笑顔になってもらえた時が、看護師になって良かったと思える瞬間です。

【看護師として大切にしていること ~マイポリシー~ 】

どんな時も、患者さんのことを中心に考えることを大切にしています。自分の病棟には、手術目的の方も、看取りの方も入院されてきます。入退院も多い病棟です。場合によっては、患者さんとゆっくりとお話ができないこともあります。そんな中でも、できるだけ時間があれば、患者さんのもとを訪れるようにしています。看護師は、患者さんの一番傍にいる存在です。患者さんは、医師には言いにくいことでも看護師には言えることもあります。患者さんが、どんな気持ちでみえるか、不安はあるだろうか、自分にはどんなことが求められているかを考えて看護を行うようにしています。

【今まで看護師として働いてきて心に残っている患者さんは】

新人の1年目の後半で、末期癌の60代の男性の患者さんを受け持ちました。野球の話をしたりして自分としてはいい関係性を作れていたと思います。その患者さんは、しばらくして、症状が改善して退院して行かれました。でも、1か月くらいして、また入院してみえました。その時は前回退院した時とはまるで別人みたいでした。すごく痩せてしまって、ベッドから動くこともできないような状態で、すごく弱ってみえました。自分は看護師としての経験が浅く、患者さんがこんなに急激に弱ってしまわれることを予想もしていませんでしたので、ショックでした。看護師である自分が、患者さんの状態を受け入れることができず辛かったです。その後、数日してこの患者さんは亡くなられました。はじめて、死後のケアもさせていただきましたが、涙を抑えることができませんでした。自分が何も患者さんのためにできなかったという思いが残りました。自分ですら、患者さんの弱っていく姿を認めたくなかった。患者さんのご家族ならなおさら受け入れがたい気持ちになるだろうと思います。そんな家族を支えていくことも大切だと思っています。この4月から、緩和ケア委員になりました。患者さんやご家族が後悔しない最期の時間を過ごせるように支えていけたらと思っています。最近、受け持った患者さんが、入院中に90歳の誕生日を迎えられました。患者さんと看護師で病室で記念写真をとり、病室に飾りました。患者さんやご家族には喜んでいただけました。自分たちができることを、一つずつでもやっていくことが大切であると感じています。大変なこともありますが、看護師になって良かったと思っています。


手嶌 紘子(Hiroko Teshima)

【手術室】

手嶌 紘子 手嶌 紘子

【看護師になろうと思ったきっかけは】

私には、双子の妹がいます。妹は中学生の頃より「看護師になりたい」と言っていましたが、私には看護師になろうという思いはなかったです。その妹が高校3年生の夏休みに進路を決めるための体験として学校の友達と看護体験を申し込んでいました。そして実際に体験に行った妹が「看護師になりたいと思っていたけど、ちょっと私には向いてないかも。点滴とか注射とか、実際見てきたけど、私やれそうもない。私よりもお姉ちゃんの方が向いていると思うよ。お姉ちゃんも看護体験に参加してみたら?」と言いました。高校3年生で、進路を決める時期になっていましたので、その言葉に私も興味を持ち、看護体験に参加してみました。参加した病院は、名古屋の大きな病院で、わくわくしながら病院の中を歩いた事を覚えています。そして看護師という職業は、人のために働くことができる仕事として改めて感じさせられる時間でもありました。この体験をきっかけに、看護師になってみたい、看護師になろう! と決めました。そして今の私があります。

【実際に看護師になってみた感想は】

就職して、1、2年目は、自分のことが精一杯で、とにかく患者さんに助けられていました。新人で配属された部署が、整形病棟であり、骨折以外は元気!という患者さんが多く、いつも励まされていました。整形病棟の後は、内科病棟へ配属になり、今現在は手術室に勤務しています。配属場所が変われば、仕事内容は大きく変わってきますが、看護の基本は同じだと思います。骨折した患者さんへの看護、癌の告知を受け抗がん剤を受けられる患者さんへの看護、手術を受けられる患者さんへの看護、それぞれに応じた知識や技術が求められますが、一番大切なことは患者さんの思いに寄り添うことだと思います。どの科であっても、患者さんの気持ちや思いがどうであるか、どのように対応させていただくか、どうしたら安心していただけるかを考えて行動するようにしています。看護師として17年目になります。今でも、日々が勉強であると思っています。

【看護師として大切にしていること ~マイポリシー~ 】

一番大切にしていることは「笑顔」でいることです。病院にいらっしゃる患者さんは、何かしら不安を持ってみえます。特に手術を受けられる患者さんは、全身麻酔であっても局所麻酔であっても、必ず不安はあると思います。局所麻酔を受けられる患者さんで「気にしてもしょうがないもん。せっかくだから、手術を楽しもうと思って、わくわくしながら来ました」と言われた患者さんがみえました。でも手術が終わると、「あー、終わって良かった。やっぱり緊張するよね。緊張したもん」と言われました。言葉に出されなくても、内心は不安でいっぱいだったんだと思いました。手術室のベッドは幅が狭く、無影灯(光)が直接患者さんを照らします。少しでも患者さんの不安が軽減できるように、笑顔と声かけ、そして身体にそっと触れることで安心感を与えられるように心がけています。

【今まで看護師として働いてきて心に残っている患者さんは】

看護師になって2年目の時、整形外科病棟で勤務していた時のことです。高校を卒業したての10代のY君が交通事故で頚部損傷で入院してきました。下半身不随と両上肢に麻痺があり、手指も思うように動かせませんでした。Y君は塞ぎこむ毎日で、毎晩付き添われる両親にあたっていました。両親も息子の事故、下半身不随、両手の麻痺、息子の思い、全てを受け止めるまでに、どれだけ時間がかかったでしょう。私は、経験が浅く、両親の思いまで考えることはできていませんでしたが、先輩の看護師はいつも両親と話をされ、悩みや思いを傾聴されていました。それから、先輩看護師とY君の部屋を訪室しては色々な話をしたり、リハビリも一緒に行ったりしました。時間はかかりましたが、だんだんY君は心を開いてくれ、私たちの名前を呼んでくれるようになりました。半年以上たってY君は名古屋のリハビリ専門の病院に転院になりました。私は先輩看護師2人と転院先の病院にお見舞いに行きました。Y君もご両親もとても喜んでくれました。

Y君の看護を通して、Y君の思い、ご両親の思いは計り知れない大きなものであると思いました。先輩看護師と共に看護させていただき、看護師として大切なことを学びました。患者さんやご家族の思いを尊重するということ、これからも看護師として大事にしていきたいと思っています。